本を買うときに、表紙やタイトル、キャッチコピーだけに惹かれて買ってしまう場合があります。
この本もそんな一冊です。
著者の森川さんという方が、LINEの元CEOという部分も引っ掛かりになりました。
アラフィフの私でも、LINEは簡単なやり取りに便利で使っているので、LINEが成長していく過程での話なども載っていたら面白そうかなという期待もありました。
読んでの感想は、正直、期待以上のたいへん良い内容でした。
しかし、どの部分が‥?といわれると、ここがね‥!という特別に残っていないんですよ。。。なぜだろう?
本当にその都度良い事が書いてあり、それこそマーカーや線をどんどん引いて読んでいたし、気になったページは折れ曲げ(ドッグイヤー)だらけですよ!
こんな感じです。
さらに、なにより嬉しかったのが<字が大きい!>
これは非常に大切です。。
アラフィフ以上にとっては、もはや必須なのではとさえ思います。
アラフィフになると、老眼(ろうがん)という厄介な友人が出来てしまい、読書するには字が小さいと疲れるんですよね。
自分が老眼になって初めてわかりました、字を大きくしてほしいって。
更に更に、集中力が少々落ちてきているので、最近は字が大きいとそれだけで良書の部類になります。安易かな?
(アラフィフというより私だけの事かも知れませんが・苦笑)
それなのに、なぜだ???
ここが!という部分が多すぎるのだろうか?
読んでから時間がたっているからか?
もしかしたらこの本のタイトルが、本の内容を言いつくしてしまうほどの、本当にぴったりのタイトルだからなのかもしれません。
タイトルが、この本のすべてを表している!と。
色々考えてそう思いました。
そして、言葉の選び方とは難しいものだなと、改めて思いました。
そして伝えるということも。
読んで欲しい!
役立ててほしい!
この本にしても、どんな本にしても、きっとそんな思いで作られているのではないでしょうにか。
この本は、タイトルがすべてを集約して語ってしまっているようで、なんだか少しもったいないなと思ってしまいます。著者の森川さんの一番に伝えたかったことが、きっと<シンプルに考える>の一言なんだろうと改めて思いました。
こんな事を書いているうちに、思い出した言葉があります。
謂おほせて何か有 (いひおほせてなにかある) ー去来抄ー
という、芭蕉のことばです。
芭蕉のことばを弟子の去来(きょらい)は肝に銘じ、それを「去来抄」に書きとどめました。‥‥言いつくしてしまったら、あとに何が残ろうかーと、芭蕉は弟子によく説いたそうです。‥‥‥
(森本哲郎著「そして、自分への旅」15.ことばへの旅より引用)
以前紹介しました、森本哲郎さんの本「そして、自分への旅」の中に載っていたことばです。芭蕉のことばだから、俳句についてのことだと思いますので、そのままは当てはまらないかもしれません。
でも、「シンプルに考える」を読み終えて少し時間がたった今、よい内容なのに特にどこがかが思い浮かばない、と感じたのはそのためかもしれません。
もしかしたら、タイトルも俳句のように、内容を言いつくしてしまってはダメで、内容というタイトルの先にある伝えたいものを、想像したり・心を動かしたり・イメージをふくらませてもらう余地と、さらにその先までの何かを読者に残す‥‥という想いが必要なのかもしれませんね。
言いつくしてもダメだし、言い足りなくてもダメのようです。
なかなか難しいものだなと思いました。
「そして、自分への旅」の読書感想はこちらです。
http://ttp://blog.hatena.ne.jp/yossan0328/yossan0328.hatenablog.com/edit?entry=6653812171392720413
色々考えてしまったときは、いつものコーヒーで休憩を。
私のいつものコーヒーは‥。
いつもと同じ香りに同じ味。。。ホッとする瞬間ですね。